615種類を含むバリアブルフォントで顧客やサービスの多様性を表すブランドのロゴとは.
Type design
グローバルブランディング
ブランドフォント
Studio
バリアブルフォント
Monotype Labs
Evriはイギリス最大の宅配便会社であるHermesの新しい社名です。シニア・クリエイティブ・タイプディレクターのPhil Garnham率いるMonotype Studioのデザインチームは、Superunionと協力して、バリアブルフォントの技術を駆使した、生きたロゴタイプを開発。ブランドが掲げる「あらゆる場所ですべての人にポジティブで信頼性の高い配送サービスを提供する」というミッションの具現化を実現しました。Hermesの事業規模は過去5年間で3倍に拡大し、年間売上高は15億ポンド（日本円で2,720億）に達しました。また、イギリス国内の主要小売業者の80%、7億個以上の荷物を取り扱っており、オンラインショッピングの需要に応えています。
その成長に対応するため、今回のリブランディングでは、テクノロジーを活用し、コミュニティに根ざした、顧客中心の新たなビジネス戦略を反映する必要があります。Evriの社名、ロゴ、ミッションは、ポジティブな顧客体験と持続可能なイノベーションへのコミットメントを連想させます。Evriは現在、Tescoのコンビニエンスストア内にあるEvri Parcel Shopsを含め、自宅でも外出先でもフレキシブルでパーソナライズされた配達と集荷で、イギリスで最も広い範囲をカバーしています。
マスターロゴの考え方.
デジタルが中心となった世界では、消費者とブランドとのやり取りはほとんどスクリーン上で行われます。ブランドは文字やロゴによって定義され、ストーリーテリングと融合し、タイポグラフィを通じてブランドの価値と声を表現します。Monotypeでは、クリエイティブなタイポグラフィの力を信じており、ビジネスにおいて重要で持続的な影響を与えることができると考えています。HermesからEvriへの社名のリブランディングは、ブランドがタイポグラフィを感覚的に使用することを促し、顧客との間にユニークで記憶に残る関係を生み出すことを可能にした、注目すべき事例です。
ブランドとデザイナーの間には、守るべき暗黙のルールがあります。それは唯一の黄金律、つまり、マスターロゴがなければならないというものです。ジェネレーティブ（生成的）なアイデンティティが話題になることはありますが、一般的なブランドにはほとんど見られない珍しいものです。Evri のリブランディングも、 Superunion と Monotypeがこの黄金のルールに従って始動したプロジェクトであり、マスターロゴの開発からスタートしました。ただし、Evriのロゴはそのコンセプト上、多様性を前提としており、適応性と包摂性を軸にしたブランドメッセージとの一体感を表現することが必要でした。
Monotype StudioはSuperunionのチームから依頼を受け、スラブ、サンセリフ、セリフ——4つの異なるスタイルの書体を「Mix-Up」（多様性や流動性を活かし複数の書体スタイルを１つのアイデンティティに組み合わせる方法）した洗練されたロゴを作成しました。私たちは共同で、Evriというブランドのダイナミックな性質を連想させるロゴを作ることが重要だと考えました。ユニークで印象的でありながら、安定感があり、地に足がついていて、重要であることを自覚しながらも、それを感じさせないものでなければなりませんでした。マスターロゴの制作は、最終的には「バラバラな形状をいかに一つのまとまりあるロゴとして成立させるか」というバランスが試される挑戦でした。この対比的な多様性は、Evriが提供するサービスと製品の多様性を表現するためにデザインされたものであり、それを適切なものにするためには、慎重な検証と微調整が必要でした。この「存在感」を表現するために、私たちは優れたロゴに共通するフラットさとクリエイティブなバランスを追求しました。私たちはマスターロゴを作りましたが、今日のダイナミックなブランディングが求められる世界においては、さらに一歩進んだものを作りたかったのです。
マスターロゴの使用.
ジェネレーティブ・ブランディング.
ブランドは今、顧客の選択、好み、個人データに基づいて個別のアプローチで顧客とコミュニケーションをする方法を学びつつあります。私たちはデザイナーとして、顧客やユーザー自身が主導権を得るようになるにつれて、従来のトップダウンでクライアント主導のブランド構築が減少していくのを目の当たりにしています。今日のジェネレーティブ・デザインシステムは、ユーザーを中心に進化します。Evriの場合、それは荷物、配送先、そして玄関先での日常的な関わりを中心に進化します。ブランドとの接点はパーソナライズされつつも、一貫性を持ち、「そのブランドらしさ」を保つことも重要です。Monotype Studioは、これまでに見られないジェネレーティブなロゴタイプシステムを作りたいと考えました。Evriのロゴタイプでは、バリアブルフォントを採用することで、形状を変化させながらも、ブランドを認識しやすいロゴを作成できるシステムを考えました。これは決して簡単な課題ではありませんでした。
バリアブルフォントによる順応性のあるロゴタイプ.
Monotypeは、バリアブルフォントの未来をクライアントに提案しました。多様で境界を押し広げるアイデンティティを表現する手段としてタイポグラフィを活用し、文化を一つにするというアイデアです。バリアブルフォントはダイナミックなフォントファミリーであり、複数のフォントのように振る舞い、クリエティブな発想によってレスポンシブなフォントにもなります。バリアブルフォントは、フォントに外部データを適用することで、デザインや文脈、あるいは顧客の好みに合わせてフォントスタイルを操作することができます。私たちのビジョンは、一つのデザインから多くの代替デザインに適応するバリアブルロゴシステムを作るという大胆なアイデアでした。
しかし、混沌とした状態から統一感を生み出すためには、いくつかのルールをシステムに適用する必要がありました。エグゼクティブ・クリエイティブ・タイプディレクターのPhil Garnhamが率いるMonotype Studioのデザインチームは、マスターロゴの各文字について20種類のデザインバリエーションを作成しました。それぞれのグリフに共通したメトリクスを与えることで、各ロゴのバリエーションに一貫した「ブロック感」をもたせることを目指しました。このプロジェクトは、ジェネレーティブ・デザインだけでなく、近年注目されている「Mix-Up」など、タイポグラフィの新たなトレンド Type Trends report にも通じています。
タイプデザイナーとして、文字を描くことは私たちの仕事であり、生きる糧です。今回のプロジェクトでは、SuperunionおよびEvriのブランドチームと協力して制作を進めることで、よりクリエイティブな発想が生まれました。Monotype Studioは「E」、「V」、「R」、「I」の4つの文字すべてを徹底調査することにしました。調査を続けていくと、読みやすさ、アイコンとしての役割、象徴性、既存のロゴデザインに似てしまう危険性など、ブランドデザインに関する多くの問いが浮かびました。ユニークな文字の形を作るというアプローチをしながら、多様性にも気を配り、各文字の表現の度合いをバランスよく考慮しました。
私たちは検討を重ねる中で、ブランドのタイポグラフィの明確なルールを定義することができました。タイプデザイナーが自由な創造性を発揮することで、新たな領域が開拓され、それはしばしば予想を超えることがあります。私たち全員が共通して認識していたのは、読みやすさが非常に重要であるということでした。「このロゴは、配送トラックの車体側面に施工されたとき時速112Kmで読むことができるだろうか？」という考えを念頭にデザインを進めました。また、アイデアを検討する際に、可能な限り多くの視点を考慮し、誤解や悪用のリスクを最小限に抑えるように注意を払わなければなりませんでした。
これまで述べてきたように、ロゴはフラットであったり、過剰に装飾された複雑なものであったり、あるいはもっとバランスのとれた完璧なものであったりします。今回のプロジェクトで採用したバリアブルフォントには、デザイナーが自由に選ぶことができる固有の軸構造があります。Evriでは「Expressive（EXPR）」軸というものを設定しました。具体的には、シンプルな形状と装飾的な形状の2つの値を上げたり下げたりすることで、ユニークなロゴを作り出すことができる仕組みです。この軸により、デザイナーの視点を自動化して、パーソナリティと遊び心をバランス良く自由にアレンジできるようになります。
このプロジェクトは、技術的にも革新をもたらしました。Glyphs Appの開発者である Georg Seifert、Microsoftのバリアブルフォント仕様チームと協力することで、Monotype Studioは想定を超える問題に取り組むことができました。この取り組みを通じてOpenType Variable Fontの仕様を書体やグラフィックデザインのコミュニティ全体に広げることができました。このプロジェクトは現在、Monotypeライブラリのバリアブルフォントの作成方法にも影響を与えています。
開発の初期段階では、ロゴタイプの4文字それぞれに個別の軸が割り当てられ、それぞれの表現が制御されていました。しかしその結果、フォントファイルが 25 MB にもなってしまいました。チームは一歩引いて、すべてのグリフの制御を単一のEXPR軸の下に置き、サイズをより適切な25 KBにまで縮小しました。その後、Superunionが開発した補完ツールによって、各グリフの細かな制御が可能になりました。
ロゴタイプの実装.
Superunionによって作成されたEvri専用のロゴタイプ・ジェネレーターツールは、数千もの異なるロゴデザインを簡単に生成することを可能にしました。このツールの目的は、あらゆるタッチポイントやマーケティング資料に対応できる多様なロゴデザインを生成することです。ツール内に組み込まれた情報と技術により、ユーザーは個々の文字を固定したり変更したりすることができ、お気に入りの組み合わせでコードを作成したり、背景アートワークをカスタムしたり、ロゴを最終データとしてエクスポートしたりすることができます。この書体とツールによって、配送トラック、伝票、制服、ブランドのWebサイトなどで使用できる最大194,481通りのユニークなロゴのバリエーションを作成することが可能です。
Evri Monotype.
「Evri Monotype」フォントを作成する際に、最初に議論したアイデアは、これまで制作したすべての書体を一つのフォントファイルに収めるというものでしたが、構想と実用性が曖昧だったため、実現は不可能でした。しかし、このアイデアの本質である普遍性、多様性、包摂性は、まさにEvri Monotypeが体現しています。
Evri MonotypeはEvriの最も重要なブランド資産となりました。615種類のユニークな文字、数字、記号を含む書体です。インテリジェントな擬似ランダム化されたOpenTypeコードによって、自動的に前の文字に応じて変化し反応するようにあらかじめプログラムされています。この機能により、ユーザーが操作しなくても文字の見た目や印象を自動で調整でき、フォントに詳しくない社内ユーザーにとっても扱いやすいソリューションとなっています。この見出し書体はEvriのバリアブルロゴタイプのコンセプトを発展させたもので、すべてのグリフで大文字と小文字が混在しています。フォントのスペーシングは緩やかでありながらコンパクト、力強い見出しを実現しました。短いコピーでは、ブランドの元気で陽気なトーンを表現します。これは、Evriが配達するあらゆる荷物、人、場所それぞれの多様性を体現する書体です。
Phil Garnham, シニア・クリエイティブ・タイプディレクター
Evriのタイポグラフィの世界を拡張することは、Monotypeのスタジオチーム全体での共同作業でもありました。ブランドの言葉とメッセージを結びつけ、多くの制約が生じる従来の書体デザインを超えて、革新的なアイデアを探求することができました。Evriのコピーライティングや遊び心あふれる言葉選びは、私たちのスケッチブックに火をつけました。私たちはクリエイティブチームとして一体となり、過去のディスプレイ書体のスタイルを探求し、古いアイデアを新たな一文字として再発明し、不連続ながらも魅力に満ちた、膨大なアルファベットによる興味を引く新しいディスプレイ書体を作り出しました。その熱気は本物でした。
期待を上回るデザインを実現することが、カスタムフォントプロジェクトを特別なものにします。私たちはこのフォントに、荷物の梱包や絵文字文化を取り入れることで、限界を押し広げ、タイポグラフィをエンターテインメントとして高め、独自の個性を持つフォントを作り上げることを目指しました。
各文字に20のバリエーションを設けたのは、技術的な制限があったためです。Adobe InDesignには、設定できるスタイルセットが20までという制限がありました。さらに多くのバリエーションを用意したかったのは事実ですが、どれだけ多様性を持たせるべきかという問題も考慮しました。また、Evri社内のユーザー、主にMicrosoft Officeを使用するユーザーの実用的なニーズも意識しました。Microsoft OfficeはOpenType機能のサポートが完全ではないため、大文字と小文字のポジションを活用して多様性を実現しています。
ランダム化の仕組みについては、おそらくMonotype Studioチームがこれまでに作成した中で最も複雑なコードです。これは、opentypecookbook.com
のQuantomランダム化メソッドをベースにしながら、このプロジェクト特有のニーズに合わせてさらに拡張することで、よりランダムな印象を作り出しています。オリジナルのQuantomメソッドでは、各段落の区切りはデフォルトの文字から始まります。私たちは、各行や段落の最初の文字がランダムになるように、さらにメソッドを追加しました。最後に「クリーンアップ・メソッド」と呼んでいる手法を追加し、最大10文字の単語でグリフが重複しないようにしました。